日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (110)

Q:

音声を分析することで,生体におけるどんな異常診断が可能ですか?

A:

結論を先に言えば,音声分析だけで「診断」という医療行為を遂行することは「不可能」です。しかし,質問を「音声分析によって,診断のてがかりや補助材料になるようなもの,あるいは異常の程度や特性に関する情報が得られないか」に言い換えれば,答えは「可能」です。
 音声は,多くの音声器官の高度な協調と統合運動によって生成されます。発声の持続には,適度な声門(両側声帯間隙)閉鎖の維持,声帯の緊張,そして呼気圧の保持が必要で,それには多くの喉頭筋や胸郭・腹壁の筋が関わっています。何等かの原因で筋系の活動が阻害されると発声が異常になります。また,声帯組織が病変しても発声持続が困難になったり,声に異常(嗄声)が生じます。
 一方,調音には,口唇,舌,顎,軟口蓋,などの音声器官の協調運動が必要です。調音運動にも多くの筋肉が関与しています。発声の持続と調音運動を促す筋活動は,大脳から神経系を経由した運動指令によって支配されます。
 パーキンソン病,ALS(筋萎縮性側索硬化症),偽性球麻痺(脳卒中の後遺症など),などに見られる音声言語障害は,上述の筋・神経系の疾患によって起こり,運動障害性構音障害と呼ばれます。これらの検査には聴覚的な印象,特に,嗄声の性質と程度,調音の障害の特性,リズムやテンポ,などが利用されます。専門家の聴覚が最良の音声分析器であるとの前提に立っていますが,音声の分析技術の進歩に伴って,より客観的な評価が可能になりつつあります。例えば,基本周波数(F0)レンジが同じように狭くなる障害でも,パーキンソン病ではF0下限の上昇により,ALSでは上限の下降により狭くなるという特徴があります。偽性球麻痺では,舌の後部への運動や顎を開く運動が不十分であることが,フォルマントの分析によって分かります。
 声帯癌,声帯結節,ポリープ様声帯,声帯ポリープ,などの声帯病変によって引き起こされる音声言語障害は,音声障害と呼ばれ,嗄声を伴います。音声分析だけで疾患を分類することはできませんが,嗄声か否かの判定だけでも,嗄声の400人に一人の割合で喉頭癌が発見されるという調査報告もあるので,臨床的意義はあります。しかし,喉頭癌のスクリーニングのために音響分析を利用するかどうかは,それに伴う社会的コストの問題も関わってくるため,簡単ではありません。
 音声分析は,診断の補助手段や音声言語障害のリハビリテーションの経過観察に利用できますが,その体系化は未解決です。

(粕谷英樹:宇都宮大)