日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (126)

Q:

ヘッドホンで音を聞くとき,音を頭の中に感じてしまう(頭内定位する)のは何故でしょうか。また,これを改善する技術が幾つかあると聞きますが。

A:

その理由についてはまだよく分かっていません。ヘッドホンで聞くと,通常聞いている音源からの方向情報がなくなります。そのため,脳に入ってくる音刺激は非日常的なものとなり,両耳間時間差とレベル差だけで何とか音源位置を推定しようとするために,すべて頭の中に定位してしまうのではないかと考えられます。J. Blauert: Spatial Hearing(The MIT Press, ISBN0-262-02413-6,1997),p.139では,ヘッドホン受聴における音像は各方向からの音が耳軸(左右耳の外耳道入り口を結んだ直線)上に射影され,これを頭内定位(Lateralization)と呼ぶと記述されています。聴覚系の生理学がもう少し進歩すれば,この問題の解明がなされるかと思います。
 定位に関する論文は古く,H. Wallach: On sound localization. J. Acoust.Soc.Am.,10, 270--274 (1939)で,両耳間レベル差,時間差で定位が変化することを述べています。その後,両耳間レベル差,時間差の議論が盛んに行われ,低域周波数では主に両耳間時間差,高域周波数では両耳間レベル差や両耳信号の包絡線の
時間差が定位の手がかりになると説明されています。そして1970年代に正中面(頭部中心から左右に対称に分けた面)上の定位は,両耳間レベル差,時間差だけでなく,耳介の形状による入射波のスペクトル構造(音色)と頭部の振れに対するスペクトル変化で,上下方向感を知覚するという内容の論文が多く発表されています。
 次に改善する技術ですが,これも古くから研究が進められています。1886年パリ万博で人間の頭部形状を模擬したダミーヘッドを用い,その鼓膜位置にマイクロホンを装着した録音方法(ダミーヘッド録音)が最初に展示されました。しかしながら,前方の音源が後頭部に定位してしまう例が多く,すべての人に同様な定位感が得られないことがいまだに問題点とされています。その例として,人間は後方定位が敏感ですので,理髪店での後頭部の散髪時のダミーヘッド録音は,身の毛が逆立つぐらいの臨場感があり,実体験されるとよろしいかと思います。
 ヘッドホンを用いた頭外音像定位技術は,原音場空間での鼓膜位置の音刺激とヘッドホン装着時での鼓膜位置の音刺激とが同じになるようにヘッドホンの電気信号入力を与えることで実現しています。この考え方に沿って,音源から耳までの伝達関数として頭部伝達関数(HRTF:Head Related Transfer Function)が用いられ,近年のディジタル信号処理を用いた高精度な測定により,頭外音像定位が実現されつつあります。いずれにしても,今後,個人ごとの伝達関数を汎用化できる技術が求められることになるでしょう。

(島田正治:長岡技科大,福留公利:九州大)