日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (133)

Q:

日本語では,「一本/二本/三本」を「イッポン/ニホン/サンボン」と発音するのは何故ですか?

A:

日本語を学ぶ外国人を困らせることの一つに,この「ポン/ホン/ボン」問題があります。筆は一本,車は一台,兎は一羽…,と助数詞を覚えるだけでも大変なのに,「本」や「匹」は,数によって読みが異なるのです。日本人なら難なく使い分けができますので,何等かの規則があるようです。
 この質問への最も簡単な答えは,「それが言い易いから」でしょう。日本語にはほかにも「連濁」や「連声(れんじょう)」と呼ばれる現象があり,前者では「朝/あさ」+「霧/きり」→「朝霧/あさぎり」になったり,後者では「観/かん」+「音/おん」→「観音/かんのん」になったりします。いずれもそのまま繋げるよりも変化させたほうが発音し易いことによる現象と説明できます。
 しかし,「ポン/ホン/ボン」問題は,日本語の歴史をひもといてみると,一言で片付けられるほど単純ではないことが分かります。日本語の音韻 /p/ と /b/ は,無声と有声の「両唇破裂音」と呼ばれますが,同じ破裂音で調音点の異なる /k/ と /g/ が「カ/ガ」と清濁表記されるのに対して,/p/ と /b/ は「パ/バ」であり,清音は「ハ」(破裂音ではない/h/)になります。これは,現代の「ハ」音が,古代(平安時代以前)は「パ」音で発音されていたためと言われています。音声学の分野ではこの現象を「唇音退化」と呼びます。
 話を元に戻すと,助数詞の「本」も,古代はすべて「ポン」と発音されており,数字部が2音節を持つ「一本」や「六本」にはその発音が残っています。「イチポン」と言わないのは,2音節語では後の母音が消失し,抜けた音の長さを保ったまま後続の子音と同化したためです。「二本」や「五本」では,数字部が1音節で /p/ が強い母音に挟まれた結果,容易に唇音退化が起きたと考えられます。また,「三本」は,/san/ の /n/ が直後の /p/ と同化して唇を強く閉じる /m/ になった結果,/p/ が有声の /b/ に変化したと考えられます。なお,「四本」は「ヨンボン」になりませんが,これは「イチ/ニ/サン」が漢語であるのに対して「ヨン」(および「ナナ」)は和語であり,古来の発音を引きずっていないためです。
 日頃何気なく使っていることばでありながら,詳しく調べてみると意外な発見ができるものですね。

(大川茂樹:千葉工大)