日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (140)

Q:

音声学と音韻論とはどう違うのでしょうか?

A:

音声学とは「言語音がどうやって作られ、伝わり、分かるか」を調べることです。下位分野として調音音声学、音響音声学、聴覚音声学の三つがあり、それぞれ「作られ、伝わり、分かる」に対応しています。一方、音韻論とは「言語音がどのように並べられ、入れ替わり、意味を区別するか」を調べることです。それぞれ「音素配列」「音韻交代」「弁別機能」と呼ばれますが、音韻論の中でそれぞれが明確な下位分野を成しているわけではありません。むしろ、どれも音素という基本単位に関わる点で共通性を持っています。音素は意味を区別する単位であり、ある言語において何が音素であるかを決定することは音韻論的な分析の第一歩となります。例えば、英語の[r] と[l]は"right -light"のようにその音一つを入れ替えただけで全く違った意味になり、それぞれ音素と認められます。ある言語の音素体系全体の決定のためには音素配列、音韻交代、弁別機能などから様々な証拠を集める必要があります。しかし、例えば音素配列を論じるにはまず音素が決定していなければならないというジレンマがあります。そこで音韻論は音声学の助けを求めることになります。ある言語における意味の区別などとは別個に、調音・音響・聴覚の特性から客観的に音素を決定できれば、このジレンマから逃れられそうに思えます。実際、この50年ほどの音韻論とは、音声学からいろいろな道具や手法を借りてきて、それを定義の中に取り込んできた歴史であるとも言えます。例えばヤコブソンらに始まる弁別素性は、音響的及び調音的な特徴を音韻論の基本的な操作対象として定形化したものです。しかし、音声学的な分析には音韻的な知識が必要なのもまた明らかです。自分の全く知らない、当然意味も発音も分からない言語のスペクトログラムだけを渡されて、子音や母音への分節を行うのは困難を極めます。音韻論の中にあったジレンマは音声学を巻き込んで、二つの分野の相互依存を強めていると言えるでしょう。冒頭に述べたそれぞれの定義よりもむしろ、何か実験を行って音声を録音・分析するのは音声学、実験はしないが広くデータを集めて考えるのが音韻論、というように方法論の違いと捉えることもできます。最近では実験音韻論と呼ばれる分野もあり、データを集めて音韻的な仮説を練った上で実験に持ち込むような研究が多くあります。

(北原真冬:早稲田大学)