日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (150)

Q:

音響シミュレーション技術は様々な分野で応用されていると聞きました。それぞれの分野でどのように活用されているのか教えてください。

A:

シミュレーションというと,物理現象を模擬する技術全般を指し,物理実験,数値実験ともに含みますが,最近の計算機技術の進展に呼応して広く用いられるようになった計算機シミュレーションを指すことが多いように思います。音響の分野でも,最近いろいろな解析方法が研究されるようになってきました。特に,音の波動性を完全にシミュレートする波動音響数値シミュレーションの発達には,目を見張るものがあります。ここでは,回答者の知る範囲で,その活用を紹介したいと思います。
 波動音響数値シミュレーションは,仮想的な(あるいは現実にまだ実現していない)場を想定して,そこでの音の挙動を物理法則にしたがって模擬しようとすることです。具体的には,機械や構造物等,各種の音源からの音響放射特性を予測したり,室内室外を問わず環境中の音の伝搬特性を予測したりする目的で用いられます。工学的には,機械,構造物,建築物等の設計の過程でケーススタディを行うことが有効な利用法です。例えば,複雑な形状をもった機械から発生する騒音や,スピーカ等の音源機器の音響放射特性は,境界要素法と呼ばれる方法によって解析されることが多く,市販のプログラムも開発されて,製品開発のツールとしてしばしば用いられています。建築物に対しては,ホール等の室内音響設計に対する応用がまず考えられます。しかしながら,実際のホールの音響設計に役立てられた例は,まだ残念ながら非常に少ないようです。その理由は,この種のシミュレーション方法の特質にあります。つまり,対象とする音波の波長より小さいサイズの多数の要素に分割してそれらの要素における音の挙動を全て計算する必要があるのですが,ホールのように大きな空間を高周波数まで解析するには莫大な計算機メモリを必要とし、現時点でも計算機の性能が十分ではないからです(もちろん、非常に低い周波数を対象とする場合のように限定的な適用は可能です)。ですが、現在、計算効率の高い計算方法も幾つか提案されて、研究が進められてきていますので、将来的にはこのツールが建築物の設計支援ツールとして有効に使われることになるでしょう。環境騒音予測など、屋外空間への応用については、対象空間が更に大きくなりますので、適用の困難さも更に増します。ですが、条件を限ればこの種のシミュレーションが有効に応用できます。例えば、道路交通騒音の予測に対しては、音源となる道路を一直線と仮定することにより、その断面のみをモデル化することができて波動音響数値シミュレーションを応用することができます。最近では形状の複雑な道路構造が多く見られるようになりましたが、そのような場での騒音伝搬に対して波動音響数値シミュレーションが大変有効です。この場合の適用条件については、音響学会が提案する道路交通騒音の予測モデル「ASJRTN-Model 2003」をご参照ください。
 「バーチャルリアリティ」という言葉がひところもてはやされ、技術が進めば計算機シミュレーションによって何でもできるような錯覚にとらわれがちですが、現実に音場を正確にシミュレートするためには、音が伝搬する全ての媒質における様々な物理現象を正確に表現する必要があります。そのための地道な努力が必要であることを付け加えておきたいと思います。

坂本慎一 (東大・生研)