日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (152)

Q:

ヘレンケラーは,自分の盲と聾について,聾の方がつらく,過酷で,「返してもらえるものなら,まずは聴覚を返して欲しい」と考えていたと聞きました。一方で,人間は,外界の情報のほとんどを視覚系から得ているような記事も読みましたし,自分自身もそのように感じています。ヘレンケラーは,本当にこのように考えていたのでしょうか?

A:

ヘレンケラーが,「まずは聴覚を返して欲しい」と発言したという明確な記録は無いようです。彼女が残した数々の言葉から,後の世の人々が「彼女は,こう思っていたに違いない」と考え,それが,ヘレンケラーの言葉(考え)として知られていったというのが,どうやら真実のようです。彼女は,自分の持つ障害を決して悲観的には捉えておらず,とても前向きに生きた女性です。類まれな才能と努力で,大人になるまでに,かなりのレベルのコミュニケーション能力も獲得しています。ですから,そんな彼女が「返して欲しい」という,一見,ネガティブにも思えるような考えを持っていたかどうかは,実に疑問が残るところなのです。
しかし,ヘレンケラーが,自分の盲と聾について,聾の方がより大きな損失であると考えていたことは,間違いのない事実のようです。例えば,彼女は1910年に手紙で次のように書いています。「耳が聞こえないことは,目が見えないことよりも,より痛切で,より複雑なことです。聾は盲目より不運なことです。なぜなら,それは,最も重要な致命的刺激を失うことを意味しているからです。つまり,言語をもたらし,思考を活性化し,人間同士の知的交際を可能にするのに欠かせない,声という最も重要な音刺激を失うことになるからです。」現代社会においては,様々なメディアを通して,視覚経由で入ってくる情報量が,昔に比べて格段に増えています。しかし,人間が本質的に必要としている感覚(五感刺激)の体系はまだまだ明確にはなっていません。このことは,たいした情報を得られないかもしれない視覚という感覚に,無理やり過多な情報を押し込んでいると考える事も出来るのかもしれません。

坂本真一 (オトデザイナーズ)