日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (173)

Q:

室内音響シミュレーションには波動音響理論と幾何音響理論に基づくものがありますが,音場の可視化手法として見た場合にどのような違いがありますか?

A:

波動音響理論に基づく境界要素法,差分法,有限要素法などのシミュレーション結果を用いる可視化は,音の波動的振る舞いを視覚的に観察できるということが最大の利点であり,その点において幾何音響理論に基づく音場の可視化より正確であると言えるでしょう。また,差分法や有限要素法は,計算仮定において離散化した音場の各要素の計算結果を用いて音場全体を自然な形で可視化できるという特徴があります。時間領域で可視化すれば音が空間を波のように伝わっていく様子を時々刻々観察できますし,周波数領域で可視化すれば周波数別の音圧分布を詳細に観察できるでしょう。 しかし,音楽ホールなどの大空間では,高音域において計算量が膨大になるため,可視化できる周波数帯域が低音域に限定されるなどの限界もあります。また,波動音響理論による可視化は波動現象として音場を観察できますが,多数の反射音の干渉によって時間経過と共に音場が複雑になるため,視覚化された情報から個々の反射音の伝搬経路(反射履歴)を読み取ることは困難になります。また,せっかく計算を3次元空間で行っても,その断面を2次元的に表示する場合が多いので,今後は3次元の計算結果をそのまま3次元で表現する方法について工夫が求められます。
  音線法や虚像法などの幾何音響理論に基づく手法は,波動音響理論では把握するのが困難な,音が壁面に反射されて伝搬してきた履歴を音線経路として可視化することができます。これは,もし空間に何か音響的な問題が見つかったとき,問題となっている反射音の反射経路が分かるため,吸音や拡散などの対策をすべき壁面を見つけ易いということを意味します。 しかし,波動性を考慮できないため,可視化結果を解釈する者に誤差を見積もる技量が求められます。幾何音響理論によって可視化される情報は,音が壁面に幾何反射すると仮定できる高音域の音の振る舞いに対応していると考えることができます。従って,壁面の凹凸と同程度かそれ以上の波長を持つ低音域の音の可視化には不正確さを伴います。幾何音響理論による可視化手法にはこのような限界がありますが,それを熟知した上で用いれば,非常に有用な可視化手法であると言えます。また,最近,音の反射そのものは幾何音響理論に基づいていますが,波動性を考慮した反射と等価になるように壁面形状を変化させる可視化手法なども提案されています。
  このように,幾何音響理論と波動音響理論による可視化手法は互いに得意分野があるため,今後も両手法とも用いられていくでしょう。

羽入 敏樹(日本大学)