日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (188)

Q:

視覚に障害のある方が,眼鏡に装着したカメラで撮影した画像を脳に直接に送ることで視覚を回復する番組をテレビで見たのですが,その聴覚版はあるのですか。

A:

いわゆるブレイン・マシン・インタフェース(BMI)に関する番組か,あるいは宇宙船に関する有名な SF 番組で視覚に障害のある乗組員がそのデバイスを利用している姿をご覧になったものとお察しします。BMI は実用に向けた研究が世界中で進められており,日本でも例えば 2008 年から文部科学省による脳科学研究戦略推進プログラムとして感覚(視覚,聴覚),運動など様々な分野の研究が推進されています。
  さて,聴覚に関しては人口内耳というデバイスが 1980 年代からすでに実用化されており,世界中で 12 万人以上の方に利用されています[1]。内耳には,音の周波数成分ごとに異なる聴神経を興奮(神経発火)させる仕組みがあり,それらの神経の興奮が脳に到達することで音の高さを聞き分け,更には音声の識別が行われています。人口内耳は,耳の近くに置いたマイクロホンで集音した音をスピーチプロセッサと呼ばれる装置で周波数ごとに分解し,内耳に埋め込んだ複数の電極に電気信号として送ることで聴神経を刺激して興奮させるものです[2]。人口内耳の効果としては,十分な訓練の後では 9 割程度の文章が分かることが示されています[1]。
  聴神経に障害がある場合には人口内耳では対応できませんので,耳から脳までの聴覚経路において脳により近い部位の神経細胞を刺激します。例えば,聴覚脳幹インプラントというデバイスでは,蝸牛神経核の近くの脳幹表面に,人口内耳と同様の多数電極を設置することでスピーチプロセッサからの信号を脳に伝達します[3]。ただし,まだ症例が少ないので,今後の研究進展が期待されています。なお,ネコなどの哺乳類を対象として,大脳皮質聴覚野の神経細胞を刺激する研究も始まっているようですので,将来的には聴覚経路の深い部分に障害がある場合でも対応可能なデバイスが開発される可能性があります。正に,SF 番組でご覧になった視覚用デバイスの聴覚版であると言えるでしょう。

文献
[1] B.S. Wilson and M.F. dorman, "Cochlear implants: A remarkable past and brilliant future," Hear. Res., 242. 3-21 (2008).
[2] 鈴木淳一,小林武夫,耳科学−難聴に挑む (中央公論新社,東京,2001).
[3] 脳を活かす研究会 編,ブレイン・マシン・インタフェース (オーム社,東京,2007),p.177.

小澤 賢司(山梨大)