日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (194)

Q:

解析信号とはどのようなもので,どのような目的に利用されているのでしょうか?

A:

まず,「解析(的)」ということばですが,複素関数論では解析性 (analyticity) や解析関数 (analytic function) という言葉が出てきます。インパルスレスポンスのように負の時間上では 0 である因果性 (causality) を満たす信号 h(t) のラプラス変換 H(s) は右半面 (σ ≥ 0, s = σ + ) で解析的であるという性質があります。これと対をなす負の周波数成分が 0 となる信号を解析信号 (analytic signal) と呼んでいます。
  具体的例をあげて説明します。f0 の周波数を持つ余弦関数 cos(2πf0t) のフーリエ変換は [δ(f - f0) + δ(f - f0)]/2 (δ:デルタ関数) となり,+f0 と -f0 に存在する二つの線スペクトルとなります。正の周波数成分 (δ(f - f0) のみを残して逆変換すると ejf0t/2 という複素時間信号が得られます。オイラーの公式 (ejx = cos(x) + jsin(x)) を用いれば,cos(2πf0t) = (ejf0t + e-jf0t)/2 と表せるので当然の結果と言えます。 重要な点は,実信号を解析信号化することにより複素信号となり,時間の関数としての位相情報 (瞬時位相) が得られることです。cos(2πf0t) の場合は φ(t) = 2πf0t となります。更にそれを時間微分して 2π で割ることで,瞬時周波数も得られます。(cos(2πf0t) の場合は定数 f0)。また,cos(2πf0t) の例では解析関数の振幅 (絶対値) が一定 ([ejf0t]/2 - 1/2) になります。このことは,解析信号化して絶対値をとることにより原信号の包絡線 (Envelope) が得られるということを意味しています。このように,フーリエ変換が可能な信号に対して,①フーリエ変換する,②正の成分のみ残す,③逆フーリエ変換する,の三つのステップを行えば解析信号が得られます。分析したい信号がディジタル化されていて,ディジタルフーリエ変換 (DFT, IDFT) のプログラムさえ手元にあれば,この処理は簡単に行うことができます。
  解析信号から得られる時間の関数としての瞬時位相,瞬時周波数や瞬時エンベロープの利用分野は,音声,楽音,騒音・振動等の分析,故障診断など多岐にわたっています。自分の例で恐縮ですが,オールパスフィルタによる位相変化が信号の瞬時周波数や瞬時エンベロープへ及ぼす効果の分析,ビブラートの速さと深さの分析,音響インテンシティ計測におけるエンベロープインテンシティの応用,回転機器の回転速度やその変動量の分析などに利用しています。目的に応じて正の周波数成分の一部を利用することも可能です。
  解析信号の有効利用には「人類の至宝」といわれるオイラーの公式の理解が肝要と思います。

鈴木 英男(エー・アンド・ディ)