日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (196)

Q:

最近,室内音響の勉強を始めたのですが,「拡散音場」の意味するところを教えて下さい。

A:

国語辞典で「拡散」どいう言葉の意味を調べると,「広がり,散らばること」「混合流体が高い濃度から低い濃度のところへと移動して,一様な濃度になる現象」等とあります。つまり一般的には,気体や流体が散らばって次第に一様になっていく過程(過渡現象)を指すようですが,建築音響の分野では少し異なって,「一様になった状態」を指し,
  ①音響エネルギー密度が均一であること。
  ②音響エネルギーの流れが,すべての点で,すべての方向に等確率であること。
の二つが拡散音場の定義となっています。つまり,音響エネルギーそのものと,その流れが,室内でムラなく均等に広がっているイメージです。この仮定は実にシンプルですが重要な仮定で,室の残響時間や材料の吸音/遮音特性を推定する際の前提条件となっています。例えば残響時間は,室の拡散性を保ちながら音響エネルギーが周壁で一様に吸収されるモデルによって説明されます。
  しかしながら,音響伝搬がエネルギーのやり取りであると共に波動現象でもあることを考えると,完全な拡散音場が現実には存在しないこともまた重要な事実です。拡散音場を実現するための残響室でさえ,壁面の近くでは音響エネルギーがその空間的な平均値よりも高くなります。室の等価吸音面積の推定ではそのような効果を考慮した補正(Waterhouse 補正)が施されます。また,残響室法吸音率の測定では,特定のエリアに吸音材料を集中配置し,室の残響時間を測定して吸音率を推定しますが,実験で用いる残響室の違いにより,求められる吸音率が大きく違うことがよくあります。残響室ごとに拡散の程度が違ったり,吸音材を設置することによって室の拡散状態が変化してしまうことが一因であると考えられています。広さに対して高さがあまり高くない集会場や会議室で,残響曲線が折れ曲がるような現象がしばしば生じますが,これも時間と共に拡散状態が変化することが原因と考えることができます。
  拡散音場は室内音響特性を考える上で基本的で重要な仮定ですが,現実の場面では以上のようにいろいろと難しい問題を含んでいます。工学的には未解明な部分がたくさんありますので,一つの研究テーマとして取り組んでみて下さい。

坂本 慎一(東大生研)