日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (197)

Q:

境界音場制御の原理によれば境界上の音圧と音圧傾度を原音場と同一にすれば境界内に原音場を再現できるそうですが,そこに聴取者が入ったら音場が乱れてしまうのではないでしょうか?

A:

そのとおりです。一般に原音場と再生音場での境界条件を一致させる必要があるため,聴取者が音場に入ることの乱れを避けるためには原音場でも聴取者が入った状態で境界上の音圧と音圧傾度を収録すればよいということになります。しかし,それと同時に境界上の音圧と音圧傾度を原音場と再生音場で同一にできるかどうかという再現精度の問題もあります。再現精度を低下させる要因は二つあり,一つは計測上の制約によるもの,もう一つは再生上の制約によるものです。
  計測上の制約とは,まず境界上のすべての位置の物理量は計測できないという点です。そのため境界を離散化し,その代表点における物理量を計測する必要が生じます。計測点間の間隔が大きくなれば,解像度が低くなり,再現精度も低くなります。次に音圧傾度の計測が難しいという点もあります。2 マイクロホン法などで音圧傾度を近似的に求める方法もありますが,計測点の数が 2 倍になるためマイクロホンの設置も困難となります。そこで音圧と音圧傾度の一意性を利用して,音圧のみを計測する方法が採用されています。しかし,境界の形状から決まる固有周波数では一意性は成り立たないため,固有周波数が多く存在する高音域において再現精度の低下は免れえません。また,再生上の制約とは,再生スピーカと制御点間の逆システムの性能が要因となる再現精度の低下です。特に残響が長い室内で安定した逆システムを求めることは極めて困難です。しかし,再生室の容積をできるだけ小さくして吸音性能を高めれば安定した逆システムを設計できることが経験的に分かってきています。
  このように境界音場制御の原理に基づく音場収録・再生システムは問題が山積みなのですが,実際にシステムを作ってみると,物理的な再現精度はそれほど高くなくても,聴感心理的には比較的高いリアリティが得られることが分かってきました。頭部を動かしながら能動的に音場を聴くことがリアリティあるいは臨場感を得るために重要ではないかという新たな仮説が提示されています。しかし,聴取者の存在による音場の乱れを無視してよいかどうかの検証は必要でああり,その物理的及び聴感心理的な影響について研究が進められています。

伊勢 史郎(京都大)