日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (026)

Q:

耳の遠くなったお年寄りと話しをするのは大変疲れます。大きな声でゆっくりと話さなければならないからです。しかも,一度では分かってくれないことが多く,キーワードは2〜3回繰り返さなければなりません。お年寄りには私の大声はどのように聞こえるのでしょうか。言語音等の知覚能力も低下しているのでしょうか。また,健聴者を難聴の状態(擬似難聴)に置いて補聴器の装用効果を評価する方法があるそうですが,お年寄りの耳をどのようにして健聴者の耳でシミュレートするのでしょうか。

A:

老人難聴は,蝸牛の感覚細胞である有毛細胞,蝸牛神経,聴覚中枢路(蝸牛神経核,台形体核,下丘,内側膝状体),そして大脳皮質の聴覚領や言語の意味を感じとる連合領や基底核の各神経細胞といった,すべて部位の老化による変性や減少によって生じます。しかし,初期は蝸牛の老化が主だとされています。第1の特徴は,可聴周波数帯域の高域から,聴力閾値が上昇していくことです。このため,高調波を含んだ音声の聞き分けが悪くなります。第2の特徴は,周波数分解能の低下です。蝸牛での周波数分解能劣化と大脳での認識能力低下とが相まって聞き取りが悪くなります。第3の特徴として,ラウドネス感覚の異常増大があり,これをリクルートメント現象と言います。ですので大きな声で言っても,「声がひびくだけで分からない」ということが起こります。第4の特徴として,信号処理速度の低下があります。これは,反応時間という心理学的測定でも,聴性脳幹反応という生理学的測定でも明瞭に示されています。なお,老人難聴には性差があり,男性に,より強く現れます。現在のところ老人難聴に対する有効な補償法はありません。 ただし「はっきり,ゆっくり,簡潔に」話すことは意味の理解を助けます。また,キーワードを筆記することは,脳での,“類推による言語の認識能””を高めるのに役に立ちます。また,口の動きや表情,更には身振りなどを見て類推を働かせることも,ある程度有効です。なお,老人難聴のシュミレーションは,今のところありません。従って,どのように聞こえるかを実験的に設定することはできません。しいていえば,2,000 Hz 以上が落ち,過度な増幅で歪んだ,外国語音声を聞き取るのが多少は似ているかもしれません。

舩坂 宗太郎(東京医科大)