日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (042)

Q:

赤ちゃんが大人達の話し言葉を区別できたり,更には文の句構造まで知覚できたりという報告を耳にします。このような能力はどうやって測るのでしょうか。また,測定結果はどの程度信用できるのでしょうか?

A:

赤ちゃんは初めてのお誕生日を迎える頃になって,「マンマ」,「バイバイ」など意味のある単語を話し始めます。音声知覚能力に関して言えば,この初語が発現するまでの生後1年間に,赤ちゃんは大人の発言を聞き分け,統語的・意味的構造単位に発話を分節化し,語彙を獲得するという発達の段階を経ていると考えられます。0歳児を対象とした音声知覚の実験的研究は1970年代から盛んに行われており,これらの研究成果は同時に,生後間もない新生児からを対象とした実験手法の発展を背景として得られてきました。乳児の音声刺激に対する反応計測手法は基本的に,2種類の刺激音又は刺激音セット(単語リストなど)に対する反応の比較から,二つの刺激を聴覚的に弁別しているかどうかを検討するものです。主な手法の種類を大まかに分けると,1)慣化-脱慣化法,2)選好法,3)訓練法と呼ばれるものがあります。これらの手法はおのおのの特長があり,いずれを選択するかは,a)実験のテーマ,b)刺激音の性質(持続時間),c)対象乳児の発達段階(月齢),d)反応指標(心拍などの生理的反応あるいは吸啜など行動的反応)などの要因によって決まります。例えば,1)の代表的な手法に高振幅吸啜法(HAS法)があります。主に音韻レベルの弁別能力に関する研究に用いられています。乳児が一定以上の振幅で強くおしゃぶりを吸うたびに,ある音声刺激(例えば/ba/)を随伴提示すると,おしゃぶりを強く吸う行動が強化されて吸啜回数がいったんは増大しますが,その後刺激音に対する慣れが生じて吸啜回数は徐々にベースラインまで低下します(慣化)。その時点で随伴刺激を別の刺激に交替して(例えば/pa/),吸啜回数がどのように変化するかを測定します。新奇な刺激に対して吸啜回数が再び増加すれば,(脱慣化),二つの音声刺激の違いを乳児が弁別できたとみなすことができます。この手法の最大の特長は,新生児から適用できるということです。しかし,一方で吸啜反射の消失する4カ月齢以上では適用が困難になり別の手法に頼らざるを得ないため,知覚能力の発達を比較するための手法の一貫性がとれないという大きな問題が残ります。2)の選好法は,2種類の刺激音に対して注意を払っている聴取時間を比較するものです。どちらか一方の刺激を他方より長く聴取する傾向が乳児間で一貫して認められた場合,刺激音の違いを弁別していると考えます。1)に比べ実験の所要時間が短く,統制群の必要がないことが最大の長所と言えます。また,単語や文レベルの比較的持続時間の長い刺激音を用いることができるため,主に音声構造単位の分節化能力や感性情報知覚能力などの研究に適用されています。振り向き反応を指標とした選好振り向き法(HPP法)の場合,適応月齢は首がすわってからの4カ月齢以降となるため,それより低月齢児の反応と比較できないという,上述のHAS法と同様の問題があります。また,一方の刺激を他方より長く聴取した背景にある乳児の心理的状態や,乳児間で一貫した選好傾向が得られなかった場合の結果の解釈が困難であることも今後の課題とされるでしょう。3)の訓練法については省略しますが,いずれにしろ,乳児の実験結果の信頼性を左右するものは,覚醒状態の統制にあります。これは,月齢が低いほど,実験時間が長くなるほど困難になります。また,発達の個人差が非常に大きい時期ですので,披験児集団を十分に大きくする,月齢のみではなく各種発達検査スコアを用いてグルーピングする等の工夫が必要かと思われます。指標とする反応は,できるだけ客観的に定量化し易く,広い月齢範囲にわたって一貫して測定できることが理想ですが,これも難しいところです。生理的指標と行動的指標とを組合せた測定法の工夫なども一手かもしれません。

執筆者:林 安紀子(学芸大)