日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (043)

Q:

ピッチ(音の主観的高さ)の知覚には,「低いー高い」という1次元的な性質と,音名による循環的な性質とがあり,「螺旋」を構成しているときいたことがあるのですが,それは確かめられているのですか?

A:

結論からいうと,確かめられています。例えば,本学会誌バックナンバー(上田,大串,40巻,798-904(1984))にも見ることができますので,ここでは補足的(蛇足的)な説明をいたします。ある音を聞いたときに感じるピッチの1次元的な性質は,「音色的高さ」と呼ばれることがあり,mel尺度という比例尺度によって記述されます。1,000Hz,40phonの純音のピッチを1,000melとしたときに,2,000melの純音(ピッチが2倍に感じられる純音)の周波数は約3,000Hzであることが知られています。つまり,周波数が2倍になることは,ピッチが2倍になることを意味していません。それでは,周波数が2倍の音は,どのようなピッチに聞こえるのでしょうか?ご存知のとおり,ある音と,1オクターブ上の音とは,何等か似た感じがします。実は,オクターブ隔てた音程にあるということは,周波数が2倍のかんけいにあることなのです。(厳密には「約2倍」ですが,,,Ohguchi,J.Acoust.Soc.Am73,1694-1700(1976)).このピッチの性質は,「音楽的高さ」と呼ばれることがあります。以上の二つのピッチの性質は,単調に上昇する「音色的高さ」を中心軸として,「音楽的高さ」が1オクターブで1周する円(クロマの円)として絡みついた「螺旋」として空間的に表現されます。この螺旋構造は,ピッチを比較判断した聴取実験結果に多次元尺度構造法を用いることによって実際に確かめられています。また,音楽的に,似て感じられる音程としては,オクターブ(周波数比1:2)だけではなく,完全5度(同2:3),長3度(同4:5)なども挙げられ,それぞれについての空間的な表現も考えられています。それらは,例えば,Shepard(Deutch編,寺内,大串,宮崎監訳,音楽の心理学,11章(西村書店,1987))にまとめられています。しかしながらShepardが考えた空間構造成分のすべてが同時に現れた実験結果はこれまでに見当たりません。このことから,ピッチ知覚の多次元性については,まだ研究の余地があると考えます。さて,1オクターブ隔てた音程にある二つのおとが「何等か似て感じる」というのは,何が似ているでしょうか。もしかしたら,その二つの音は,音色的ピッチが異なるが,音色が似ているのかもしれません。というのはベル型のスペクトル包絡を持ち,基本周波数が異なる広帯域複合音については,音色の類似度を判断基準とした場合でも循環的な知覚構造が見られたからです(小澤他,音講論集平成7年秋2-3-7,聴覚研資H-95-91)。その実験結果の中で面白いのは,類似度判断の基準を「ピッチ」と「音色」に変えた場合に,回答における傾向の変化に大きな個人差があったことです。このことは,ピッチと音色という二つの知覚の区別には個人差があることを示しています。ところで,聴覚を通じて有益な情報を得るためには,単に,音を,識別するだけでは十分ではなく,例えば,音波の特徴を1次元で系統づけしたり,共通の特徴がある2音は「似ている」と知覚できるような情報抽出過程が,聴覚系内に存在することが必要であると考えます。一方,「ピッチ」と「音色」という言葉は,そのような聴覚系の分析結果である「聴こえ」を便宜的に整理するための呼称に過ぎません。そのため,ある音を聴いたときの「聴こえ」をどう整理するかという個人の戦略の違いによって,上のような個人差が生じたものと考えます。また,ピッチ知覚と音声知覚の間に明確な境界線を引くことができるのは,「(音色的)ピッチは等しいが,音色が異なる場合」に限られるようにも思えます。いずれにせよ,ピッチと音色の知覚は密接に関係している,ということだけは言えると思います。

執筆者:小澤賢司(東北大)