日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (047)

Q:

音量と振動の可視化技術として近距離場音響ホログラフィが最近注目されています。その技術的な新しさはエバネッセント波の計測にあると聞いていますが,エバネッセント波とはそもそもどのような波なのでしょうか?

A:

例えば,机を挙で叩いたときに机の平板はどのように振動するかという問題を突きつけられ,振動の様子を目に見えるようにしてくれと言われたら,皆さんはどうするでしょう。振動の全体的な様子を見せようと思えば,加速度計や歪ゲージを机に配列したのでは駄目です。局所的な情報しか得られないからです。全体像を得るには光学的な方法か音響学的な方法を用いて非接触に計測することが適当です。そして音響学的な方法に限定すれば,音響情報から振動情報を再構成することが本質的な問題になります。残念ながら,音響インテンシティ法や音響ホログラフィ法では振動情報を正確に再構成できません。それはこれらの方法が遠距離場のの音響情報を捉らえる技術だからです。一般的に,場とは遠距離場と近距離場からなり,構造音響学的に言えば,両者を区別するものはエバネッセント波(以下エ波)と略す。の有無です。近距離場はエ波と伝搬波を含み,遠距離場は伝搬波しか含んでいません。伝搬波に注目する場合にはエ波はノイズのようなものなので,医用超音波などの分野では遠距離場での計測や可視化の方がきれいな情報を与えてくれます。しかし,構造体の振動・放射・散乱などに係わる分野では,近距離場の情報が重要であり,エ波を多く取り込むほど空間的な分解能が高くなり,表面の振動分布は正確に可視化されます。構造体の振動には波数の高い(波長の短い)波が相当に含まれており,それらが空中や水中に放射されたものをエ波と言います。無限大平板に関する放射理論によれば,波数空間(kx,ky)上の半径ω/c(ωは音の角周波数,cは放射媒質中での音速)の円を放射円と呼び,円内の波を伝搬波,円外の波をエ波と区別します。放射円は一般に小さく,エ波の領域は無限に広がっています。エ波を運ぶ媒質粒子は楕円軌道を描き,その楕円の大きさは,距離と共に指数関数的に減少し,あっという間に,周囲雑音に埋もれてしまいます。この振幅の減衰が激しいところから,evanescentな波と呼ばれるわけです。なお,エ波の位相は空間的に変化しないので進行波としての位相速度は定義できず,純粋なエ波は定在波的な位相特性をもち,エネルギーを運ぶことができません。スピーカあるいは送波器は伝搬波を送信するためのものですが,主にエ波を送信する送波器も考えられます。平板上を1方向に伝わる短波長の振動波を発生させ,エッジ近傍で適当なシェーディングをかけてやればよいはずです。このような原理に基づく近距離場用送波器が実際に考案されており,0.5〜2kHzの振動波が平板表面を伝搬する位相速度は約30〜150m/sです。この特殊な送波器は艦体などの側面に沿って配列する受波器アレイの校正に使われています。側面アレイはフロー・ノイズにさらされており,アレイの表面近くでの近距離場に対する特性が重要なのです。更に,海底質をインバース法などで音響的に推定する場合にも海底の近くでエ波を計測できるような工夫が必要です。海底からの放射にはエ波が含まれており,伝搬波だけで底質を推定・評価するのでは不十分だからです。以上は音響放射(流体場)でのエ波ですが,エ波は振動(固体場)にも現れる普遍的現象です。例えば,ピアノの弦のように剛性の強い弦はピーンと真っ直ぐになろうとするため低い周波数では振動しません。正確には,「振動しない」のではなく,エ波的に振動しているのです。いわゆるトンネル効果もエ波が伝搬波を連係接続することによって発生します。また,エ波は,構造体のエッジなどで伝搬波が反射するときにも発生する可能性があります。更に,光学的なエ波や電気的なエ波も存在しますが,その説明は割愛します。今年12月の日米音響学会のジョイント・ミーティングでは“構造解析における近距離場音響ホログラフィの応用”と題するスペシャル・セッションがありますので,多数のご参加を期待します。

執筆者:吉川 茂(防衛庁)