日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (005)

Q:

マッコウクジラは音波で魚やイカをしびれさせて捕食するというのは本当ですか?

A:

本当かもしれませんが,状況証拠しかありません。ことの発端は,著名な鯨類学者 Norris らが1983年に発表した論文です。イルカやクジラなどの鯨類は,もちろん肉食動物ですから,その歯の果たす役割は大きいはずです。ところが,化石からその進化を見ると,現存の67種のハクジラ類のうち27種は歯が減っているそうです。また,マッコウクジラの胃の中からでてきたイカには,まれにしか歯形がみあたらないことも不思議でした。マッコウクジラの最大遊泳速度は 41.6 km/h です。マッコウクジラがこの速度まで加速するのに必要なエネルギーは 600 kcal にものぼり,運動エネルギーへの変換効率を差し引くと,3.5 kg のイカを一匹食べても割に合わないそうです。つまり,まともに追いかけて捕るのではなく,別の方法を用いているのではないか,と Norris らは示唆しているわけです。魚やイカは,たしかに大きな音で傷ついたり死んだりすることがあります。 例えば,音圧が鋭く立ち上がる TNT 火薬の爆発では,魚の致死的な音圧レベルは 229 dB (re 1 μPa) から 234 dB (re 1 μPa) です。イカは,246〜252 dBで損傷を受け,その後,3分から11分で死亡したそうです。畠山も魚の損傷レベルとして 220 dB 以上,逃避的な反応行動を起こす威嚇レベルとして140〜160 dB を提唱しています。さて,イルカやクジラが出す音の大きさですが,バンドウイルカで過去に記録された最大音源音圧レベルは peak to peak levelで 228 dBです。 Watkins は,マッコウクジラの音源音圧レベルとして,165〜180 dB の実測値を報告していますが,これは摂餌に伴う鳴音ではありません。Norris らは,マッコウクジラの脳油が音響レンズの役割をして,音波を収束させ,エネルギー密度を高めていることも示唆しています。
  マッコウクジラが音波で魚を麻痺させた,という直接の観察例はないのですが,西フロリダでの若雄のバンドウイルカの観察では,ボラが方向を失ってパニックに陥り,浅瀬に「追い立てられ」たそうです。また,イルカが声を発しながらくちばしを砂につっこむと,小魚がとびだし,その後動きを止めたという観察例もあります。魚のウキブクロは,音圧感受器官としても働きます。イルカの大きな鳴音がウキブクロを振動させ,魚の反応行動を引き起こすのかもしれません。畠山は,音圧そのものではなく,パルス音の間隔が,ウキブクロの共振周期に近いことに注目しています。すなわち,うまいタイミングでブランコを揺らすように,個々のパルス音がウキブクロを振動させ,大きな振幅を誘発するという考えです。
  魚の組織を損傷するほど大きな音圧レベルの鳴音を,野生のイルカやマッコウクジラが発することができるのか。あるいは,彼らの鳴音が,魚の感覚器官にどのような作用を及ぼして不動化するのか。これらの魅力的な疑問は,動物装着型小型録音装置などによる野外での鳴音観察と,巧妙なプレイバック実験によって,近い将来にその正否を検証することができると考えています。

赤松 友成(水産工学研)