日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (070)

Q:

最近新聞で「時間をさかのぼる音波」という記事をみかけました。本当にこんな波があるのでしょうか。分かり易く教えて下さい。

A:

“時間をさかのぼる”と言っても実際に時間が過去に戻るわけではありません。まるで時間を巻き戻したかのように振る舞う現象です。一般的には位相共役現象と呼ばれています。例えば、野球中継でピッチャーがボールを投げる場面をビデオで録画したとします。ピッチャーがキャッチャーのサインを確認し、構えます。投球フォームに入り、ボールを投げ、ボールはキャッチャーのミットに収まります。この一連の動作をビデオの逆回しで見てみましょう。ミットからボールが飛びだし、ピッチャーの手に収まり、彼はうなづいてます。このような時間が反転した映像を元の映像に対して位相共役であると言います。光や音などの波動に関しては位相共役波又は時間反転波と呼ばれています。ご質問にある“時間をさかのぼる超音波”とは、超音波の位相共役波ということになります。説明のとおり、元の波とそれに対する時間をさかのぼる位相共役波が双子のように存在するわけです。双子と言っても性格は時間的に正反対です。この位相共役波をつくるためには、特殊な鏡のような物(位相共役変換器)が必要です。では、この超音波の位相共役波の性質をもう少し詳しく説明します。例えば球面波がある点から出射したとします。この波は球面的に広がりながら伝搬し、その先に反射板(音にとっての鏡)があるとそこで反射します。反射した波はもちろん球面的に発散して伝搬するわけです。ところが鏡の替わりに位相共役変換器を置くと位相共役波に変換され、今度は集束波として出射点に戻っていきます。これは先の説明どおり、位相共役波は元の波の双子ですからビデオの逆回しのように振る舞うわけです。と、言うことは経路が曲がっていたり、経路に波面を乱す物があっても、位相共役波に変換すれば元の波が体験した事を逆から辿るわけですから、波面も最後には元のように修復されることになります。次にこの超音波の位相共役波が何に役立つか説明します。現在、超音波で体の中を映像化する超音波診断装置や物体の中を観察する非破壊検査が活躍しています。これらは、超音波をあてて返ってきた超音波強度の場所による違いから中身を観察する装置です。ところがこれらの装置には共通の欠点があります。観察する物に超音波の経路や波面を乱す物が含まれているときや、観察する物の表面が平らでない場合には波面が乱れて間違った情報を映像化してしまいます。前述したとおり位相共役波は経路及び波面は元の波と同じですから、上記のような欠点を補えるわけです。つけ加えますと映像系では超音波が途中で減衰したり、錯乱したりして場所によって返ってくる超音波強度が変動します。位相共役波はこの減衰や錯乱による強度変化の情報のみを正確にとらえ、従来の映像系に比べて高品質な画像を提供します。この超音波の位相共役波は様々な応用が期待されていますが、現時点では上記のような超音波映像系が最も現実的な応用と考えられています。その他に超音波治療装置等の医療分野への応用も期待されていますが、位相共役変換器の変換効率が100%を超えなければ現実的な話とはならないでしょう。これは通常の鏡とは異なり、増幅作用を持ち合せることになります。そのためには位相共役波の発生方法のさらなる研究が不可欠となります。近い将来、“時間をさかのぼる超音波”が非破壊検査や医療分野で利用される日が来るかも知れません。

山本健(東大)