日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (071)

Q:

音叉はいつごろから使われているのですか。エレクトロニクス時代の今日,発振器は種々ありますが,音叉はまだすたれていないのですか。

A:

音叉は基準周波数発生の道具として長く使われています。振動している両端自由な棒を手で持つと振動が殆ど停まってしまいますが片持ちカンチレバー二つをU字型に繋げたような音叉は手で持っても振動が停まらないようにできています。この性質は実用的には実に重要です。音叉を最初に作ったのは英国宮廷の楽隊でトランペットを吹いていたジョン・ショアさんで彼が自分のリュート(古い撥弦楽器の一種)を調律するために1711年に発明したと言われています。以後、音叉はその便利さ故に次第に各国に普及しました。昔の音叉を調べるとその時代の音楽演奏に採られた基準のピッチが分かります。モーツアルトが愛用していたピアノの中から音叉が発見されて、その周波数からその当時の基準ピッチが推定されたりしています。18世紀の当時は歴史的に見て「ピッチ=周波数」という知見はなかったと思います。なくても音の高い低いという概念はありますから音叉ができてそれが何Hzの音を出しているかということは知らなくても実用的に音の高さの基準に使うことはできたのです。その後、音響学が発達し周波数測定ができるようになって「ピッチ=周波数」という知見ができ上がり、1859年には各地で行われる音楽演奏の基準ピッチをそろえるためにパリに全欧州で使われている音叉を提出させ新たな基準として435Hzに統一する宣言をしました。その後、1939年には440HzがThe New Philharmonic Pitchとして国際標準に認められ今日に至っています。今はAの音だけでも440、441,442,443,445Hz等に調律されたものがあり、奏者や指揮者が選べるようになっています。C,B?音等に調律されたものもあります。音叉の材料は多くは幅広い気候条件で安定を得るためにカーボンを増量した鋼(時には軽量化するためにアルミ製もあります)で作られています。所望のピッチの音叉を作るために調律する方法は,昔は手で入念にヤスリがけすることで調整しました。ピッチを高めるためにはバーの先端側,低めるためには根本の方をヤスリで少しずつ削って仕上げました。現在も基本的には同じ方式ですが細かい点で多くの調律作業のノウハウを蓄積されているので精度が高くて長持ちする製品が能率良く作られています。音叉は楽器の音律あわせ以外にも音についての各種の科学実験,すなわち基準音の発生,唸り,増幅など教育用に使われたり,機械振動をピックアップして電磁結合による発振回路を構成する標準信号源として用いられた音叉発振器と呼ばれた装置も,電子的な周波数シンセサイザが普及するまではよく見かけました。音叉は日常生活では見る機会はあまりないと思いますが今もなお立派に活きている道具です。日本,外国にメーカがあり生産販売されています。多くの装置が電子化された現代にあっては意外なことに属するかもしれません。楽器の調律やコーラスの基準音としての用途が主です。ポケットから出して,どこかにぶつけるだけで簡単に音が出る魅力は捨て難いのです。同じ用途に使う道具として管の中のリードを吹いて振動させる調子笛が後世作られましたがそれと比べても狂いが少ないので,音叉の方が一般的には便利です。つまり,周りにある固いものにぶつければ振動する,手で持っていても振動が止らないで持続する,振動数が気候・経時で変化せず安定している,機械加工で振動周波数を制御できる,小型で軽い,駆動用電源が要らないという多くの条件を満たしているので,人類が作り出したこの種の傑作はそう簡単にはすたれないのです。当学会でも長い歴史を持つ「音叉」に敬意を表し,学会誌の表紙やコラムのタイトルに使っております。

永井洋平(音響研究コンサルタント)