日本音響学会

音のなんでもコーナー

Q and A (089)

Q:

音声知覚のMotor TheoryとAction Theoryはどう違うのでしょうか?

A:

言語情報を伝える音声の知覚機構に関して多くの仮説が提案されてきました。Motor Theory (Liberman et al., Cognition, 1985)とAction Theory(音声知覚のDirect realism説,Fowler, JASA,1996)はいずれも音声知覚を生成機構との密接な関係から説明しようとします。Motor Theoryでは言葉を聞き取るとき音声の音響的特性の詳細を解析することなく言葉を作り出した調音運動ないし運動企画を「直接」知覚するのだと仮定します。マカク猿を使った神経科学的研究では,ある運動の企画と実行を司る神経群が他の個体が行う同種の運動を知覚する場合にも活動することが報告されており,ミラーニューロンと名付けられています(例えばRizzolatti et al., Cogn Brain Res, 1996)。運動の企画と知覚が共通の神経回路網によって遂行されている可能性が指摘されているわけです。しかし,Motor Theoryで論争になったのは知覚と生成の関係よりもむしろ,この機構が人間だけに備わった生得的な(学習しても習得できない)音声知覚に特化したモデュールで,「音声は特別だ」という主張でした。フォーダーのモデュール仮説やチョムスキーの普遍文法仮説などこの時代を特徴づけた生得説が論点になったのです。ミラーニューロンは猿の非言語的な手の運動に対して発見されました。
 一方,Action Theoryでは「音声は特別」とは考えず,音声(に限らず一般に)信号を形成する原因となった運動や事象を「直接」検知することが知覚なのだと仮定します。音声知覚では調音運動が「直接」検知されると主張します。「直接」とは推測や仮説検証などの思考過程を経ずにといった意味です。Gibson(1966)の提唱に基づくアフォーダンスとも表現されるこの視点には多くの解説があるものの,どのような「機構」によって「直接」検知が可能なのか,まだ十分には解明しきれていません。階層を成す回路網の結合構造を学習を通して調節する人工神経回路網では,入出力間の関係が回路網の内部構造に表現されて解析的には明示されません。入出力間の関係を逐一解析的に与える方法からみればこの関係はある意味で「直接」と表現するのが妥当とも思えます。
 運動の「直接」知覚に重点をおくこれらの視点に対して,音響と聴覚の密接な関係に焦点を当てる仮説も多く提案されてきました。例えば,Quantal Theory (Stevens, J. Phonetics, 1989)では調音と音響の非線形な関係によって聴覚的に検出され易い量子的特性が言語音声には備わっており,これが音声知覚を支えると主張します。これらの学説が対立仮説の成長を促し新たな視点を生み出して自ら変化してきたことは確かで,脳科学などの進展に伴って更に具体化,精緻化していくものと期待されます。

今泉 敏(東大・医・認知・言語医学)